東日本大震災から、15年の月日が流れました。
今でも、あのときのことをハッキリ覚えています。
当時、私は兵庫県でテニスレッスンをしていました。
関西では揺れをほとんど感じなかったので、
その瞬間は地震が起きたことすら気付いていませんでした。
レッスンの途中、
ひとりの生徒さんが突然携帯電話に気付き、
コートの外へ出て行きました。
数分後、その方は戻ってきましたが、
どこか様子が違います。
ちょうど休憩時間だったので、他の生徒さんが
「電話大丈夫だった?」と声をかけると、
「息子から地震の連絡だったんです」
そう答えられました。
私たちはずっとテニスをしていたので、何のことか分からず、
「どこかで地震があったのかな」というくらいの受け止め方で、
そのままレッスンを続けました。
ですが、
本当に衝撃を受けたのはそのあとです。
レッスンが終わり、クラブハウスのテレビをつけたとき、
そこに映っていた映像を見て言葉を失いました。
信じられないほどの被害の規模。
あのときの映像は、15年経った今でも鮮明に覚えています。
それからは、津波や原発のニュースが続き、
翌日になるにつれて、何が起きているのかが少しずつ分かってきました。
一方で、関西に住んでいる私たちは大きな被害もなく、
日常生活を送ることができる状態でした。
そのため、レッスンもいつも通り行いました。
ですが、
誰ひとりテニスに集中できていません。
どこか上の空というか、
心に引っかかるものを抱えながらプレーしているような空気でした。
そんな中、ひとりの生徒さんがぽつりと呟きました。
「私たちは、テニスをしていてもいいのでしょうか?」
きっと、
その場にいた多くの人が同じ疑問を抱いていたと思います。
今この瞬間も、日本のどこかで苦しんでいる人がいる。
そんな状況で、自分たちは普通にテニスをしていていいのだろうか。
そう考えると、有事の際にはテニスでは誰も助けることができないし、
むしろ不謹慎なのではないかという疑念さえ出てきました。
本来は人を幸せにするためのテニスなのに、
テニスコーチとして、こんなにも無力なのか。
当時は、
そんな絶望に近い気持ちを抱いたのを覚えています。
あれから15年。
正直に言うと、
「あのときどうするのが正解だったのか」
その答えは今でも出ていません。
もしかしたら、
あの時間が現実を忘れられる心休まる時間に
なっていた人もいたかもしれません。
物事は、見る角度によって評価が変わります。
ただ、当時テレビでひとりのコメンテーターが
話していた言葉が、強く心に残りました。
それは「役割分担」という言葉です。
震災についてのコメントではなく、
その方の座右の銘として紹介されていた言葉でした。
ですが、当時の自分には深く響きました。
それ以来、何か大きな出来事が起きたときには、
こう考えるようにしています。
「今、自分にできることを全力でやろう」
それが、自分の役割なのだと。
もしかしたら、その行動が世間から
評価されないこともあるかもしれません。
それでも、ひとつ言えることがあります。
自分はテニスコーチとして、
テニスの素晴らしさを色んな形で届けること。
それが、自分の役目だということです。
そしてそれが巡り巡って、いつかどこかで、
誰かの心を少しでも明るくすることにつながるかもしれません。
もし、あの震災で苦しんでいた方とつながり、
テニスの魅力をほんの少しでも届けることができたなら。
それが、私なりの答えなのかもしれません。
では!
スリー

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